「うか」133号 トップページへ | ||
点字から識字までの距離(126) 山 内 薫 |
||
障害をめぐる条約や法規の現状(4) 「障害者の権利に関する条約」(3) 日本が障害者権利条約を批准してから10余年が経過した。障害者権利条約の第34条は「障害者の権利に関する委員会」となっており、この委員会は障害者権利条約の国際的モニタリングを担う機関として設置されている。委員会は国とその国の障害者団体をはじめとする市民社会団体が提出した報告書をもとに、障害者権利条約の実施状況についての審査を行う。 委員会では日本が提出した第一次報告書について2022年8月22日と23日の2日間にわたって検討が行われ、9月2日の会合で最終見解を採択し、9日に勧告(総括所見)が出された。次回は2028年2月20日までに今回の勧告が国内でどのように実施されたかという情報も含めた定期報告の提出を求めている。 この「日本の第1回政府報告に関する総括所見」(原文は英語で2023年1月に公表された日本政府の仮訳では「日本の第一次報告書に対する最終見解」となっている。その後日本障害者フォーラム(JDF)が修正箇所などを検討し2023年10月に発表した仮訳のタイトル。以下はこの仮訳によって引用する。)は、Ⅰ 序論、Ⅱ 肯定的な側面、Ⅲ 主要分野における懸念及び勧告、Ⅳ フォローアップの四つで構成されているが、A4版17ページの報告書の15ページをⅢが占める。 肯定的な側面では、「盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約」の批准や「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策促進法」など障害者関係の国内法整備、国及び自治体の障害者計画などが挙げられている。 懸念及び勧告は、A 一般原則及び義務(第一~四条)、B 個別の権利(第5~30条)、C 具体的義務(第31~33条)の障害者権利条約の各条項を大きく3つに分けて述べている。いずれの場合も、まず懸念が述べられ、その懸念に対する勧告が行われるというスタイルを取っている。勧告については英語の成文でも日本語の仮訳でも太字で表記している。 例えば障害者権利条約の第二条定義などを含む「A 一般原則及び義務(第1~4条)」のはじめでは5つの懸念に対してそれぞれ勧告がなされている。(Aではその他に4つの懸念と勧告が出ている) 「(a)障害関連の国内法および政策が、条約の障害の人権モデルと調和しておらず、障害者に対する父権主義的なアプローチを永続させていること。 (b)より集中的な支援を必要とする者及び知的障害者、精神障害者、感覚障害者の障害手当及び社会的包摂のための制度からの排除を助長する法規制及び慣行に亘る障害の医学モデル(機能障害及び能力評価に基づく障害認定及び手帳制度を含む)の永続。 (c)「mentally incompetent(心神喪失)」、「mental derangement(精神錯乱)」、「insanity(心神喪失)」等の侮蔑的な用語及び「physical or mental disorder(心身の故障)」に基づく欠格条項等の差別的な法規制。 (d)特に、「inclusion」(包容)、「inclusive」(包容する)、「communication」(意思疎通)、「accessibility」(施設及びサービス等の利用の容易さ)、「access」(利用)、「particular living arrangement」(特定の生活施設)、「personal assistance」(個別の支援)、「habilitation」(ハビリテーション(適応のための技能の習得))等条約上の用語の不正確な和訳。 (e)移動支援、個別の支援(パーソナルアシスタンス)及び意思疎通支援を含む、地域社会における障害者への必要なサービス・支援の提供における地域及び地方自治体間の格差。」 この5項目に対する勧告は以下のようになっている。 「(a)障害者、特に知的障害者及び精神障害者を代表する団体との緊密な協議の確保等を通じ、障害者が他の者との平等を基礎として人権の主体であると認識し、全ての障害者関連の国内法制及び政策を本条約と調和させること。 (b)障害認定及び手帳制度を含め、障害の医学モデルの要素を排除するとともに、全ての障害者が、機能障害にかかわらず、社会における平等な機会及び社会に完全に包容され、参加するために必要となる支援を地域社会で享受できることを確保するため、法規制を見直すこと。 (c)国及び地方自治体の法令において、侮蔑的文言及び「physical or mental disorder(心身の故障)」に基づく欠格条項等の法規制を廃止すること。 (d)本条約の全ての用語が日本語に正確に訳されることを確保すること。 (e)移動支援、個別の支援(パーソナルアシスタンス)及び意思疎通支援を含め、地域社会において障害者が必要とするサービス・支援の提供における地域及び地方自治体間の格差を取り除くために、必要な立法上及び予算上の措置を講じること。」 前回指摘した「合理的配慮」のように、委員会では未だに侮蔑的な用語を使用したり、条約上の用語の不正確な日本語訳について言及している。 以下35の項目に渡って様々な懸念とそれに対する勧告が述べられているが、ちなみに総括所見の中で「点字」という用語が4カ所出てくるのでその部分を紹介したい。 「・司法手続の利用の機会(第13条)の勧告 (b)障害者の全ての司法手続において、本人の機能障害にかかわらず、手続上の配慮及び年齢に適した配慮を保障すること。これには、配慮に要した訴訟費用の負担を含む。また、利用しやすい形式での公式情報及び手続に関する通信へのアクセスを保障すること。これには情報通信機器、字幕、自閉症の人の支援者、点字、わかりやすい版(Easy Read)及び手話言語を含む。 ・表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会(第21条) (b)点字、盲ろう通訳、手話言語、「わかりやすい版(Easy Read)」、平易な言葉、音声解説、動画の文字起こし、字幕、触覚、補助的及び代替的な意思疎通手段のような、利用しやすい意思疎通様式の開発、推進、利用のための予算を十分に割り当てること。 ・教育(第24条) 懸念(e)ろう児に対する手話言語教育、盲ろう児に対する障害者を包容する教育(インクルーシブ教育)を含め、通常の学校における、代替的及び補助的な意思疎通の様式及び手段の欠如。 に対する勧告 (e)点字、「わかりやすい版(Easy Read)」、ろう児のための手話言語教育等、通常の教育環境における補助的及び代替的な意思疎通様式及び手段の利用を保障すること。障害者を包容する教育(インクルーシブ教育)環境におけるろう文化を推進し、盲ろう児が、かかる教育を利用する機会を確保すること。 ・健康(第25条) (b)保健サービスに関して、点字、手話言語及び「わかりやすい版(Easy Read)」等、全ての障害者に利用しやすい様式で情報が提供されることを保障すること。」 ほとんどのところで、点字、わかりやすい版、手話がセットになっているが、「動画の文字起こし」という言葉が初めて出てきている。 さて、この大部な総括所見を勧告当時障害者権利委員会の副委員長であった石川准氏が勧告内容を以下の5点にまとめている。 「・代行決定制度を廃止して障害者の法の下の平等を確保し、支援型意思決定制度を構築すること(知的障害者などの法的行為能力を制限する成年後見制度から、法的行為を支援する支援付自己決定制度への改革) ・障害者の強制入院による自由剥奪を認めるすべての法的規則を廃止すること、および本人の同意のない精神科治療を合法化するすべての法的条項を廃止すること ・障害者の施設収容を終わらせるための迅速な措置をとること、および障害者が、居住地、どこで誰と暮らすかを選択する機会を持ち、特定の生活形態で暮らすことを義務付けられないようにし、自分の生活に対して選択とコントロールを行使できるようにすること ・障害のある子どものインクルーシブ教育を受ける権利を認め、すべての障害のある生徒が、すべての教育レベルにおいて、合理的配慮と必要とする個別支援を受けられるように、質の高いインクルーシブ教育に関する国家行動計画を採択すること ・パリ原則を完全に満たす国内人権機関を設立すること、およびその枠組みの下で障害者政策委員会の制度的基盤を強化すること」 (「障害者権利委員会 初の総括所見が日本に求めたもの」石川准 『世界』2023年二月号) この5点の内、今後取り組みが期待されていながら、現状との齟齬が明らかなのは3番目と4番目つまり、施設収容の終了と特別支援学校等の廃止の問題だろう。 内閣府の中に設けられている障害者政策委員会でもこの問題が検討されており、昨年の6月に開催された第79回の議事録でもそのことが検討されている。以下いくつかの意見を見てみたい。(https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/seisaku_iinkai/k_79/gijiroku.html) 「○安部井聖子(全国重症心身障害児(者)を守る会) 施設収容を終わらせる、特定の生活形態で暮らすことを義務づけられないようにすると書いてあります。収容には拘禁や身柄を拘束して自由を奪うというニュアンスがあると思います。そのような環境に置かれている人たちは、自ら選択した生活に移るべきだと思います。施設において医療や教育、福祉サービスを必要としない方々にとっては、ヘルパーさんなどの在宅福祉サービスを利用して生活を送れる社会が望ましいと思います。 しかし、地域移行、脱施設化の延長で語られる施設不要や廃止論は、現状として施設によって命が守られ生活できている障害者にとっては、命や生活の場が奪われてしまうのではないかと不安を覚えます。 総括所見で示された特定の生活形態とは、施設そのものの存在を問うものなのか。障害者の自立性や地域生活への包摂などの保障を問うものなのか。ほかに何か解釈があるのでしたら御教示いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 ○石川准(障害学会会長) 濃厚な医療を日常的に必要としている障害者が、現状、もし施設でしか命をつないでいくことができないとしたら、その施設を廃止するというのは命を守ることに反するので、そういうことを意味しているわけではありません。自分が少しでも望む形、自分が生活したい場所や一緒に暮らしたい人と暮らすことと、濃厚な医療を必要とするということ、この2つは両立させていきたい。両立させるということを諦めずにその目標を立てて、できることをやっていくということが、この勧告から読み取れることだと思います。 重症心身障害児(者)と呼ばれている人たちは、未来永劫、施設でしか生きられないのかどうか。そのように諦めてしまうと、そういうことになってしまうので、そうではないと。そんなことはないはずだと。問題を解決してインクルーシブな地域での生活ができる。家族との生活ができ、かつ、医療的ケアが受けられるようにするにはどうしたらいいのか。これは環境整備を行っていくということを言っているのであって、直ちに重症心身障害児施設を閉めろなどという乱暴なことを言っているわけではないと思います。」 「○北川聡子(日本知的障害者福祉協会) 昨年、2度イタリアに行ってきました。イタリアでは99%インクルーシブだったのですけれども、クラス全体で学ぶことと個別の支援との両立がきちんとされていたという印象です。そして、いろいろな子供がいるということを教室の中で学び合っている。社会に出る前に教室で学び合っているという、そこがいいなと思いました。クラスが小さかったり、大人の配置が多かったりしているわけですけれども、まず、教育の方法論として、大学とか専門学校でともに学び合える、学び合うという授業の方法論を先生方が40年かけて学んできているので、そういうインクルーシブの教育が成り立つのではないかなと思いました。 日本はまだそういう教育方法論がないので、一緒か、分離かになってしまうので、これを具体的に進めていかなくてはいけないのと、共に同じ教室にいろいろな子がいていいのだという人権教育を、大人のほうが大学とか専門学校で学んでいく必要があるのではないか。」 またインクルーシブ教育について次のような意見も重要であろう。」 「○曽根直樹(日本社会事業大学専門職大学院) 第24条の教育に関しては、障害の有無にかかわらずインクルーシブ教育を推進するということを勧告しています。 そうしますと、同じ学校の中で、障害のある子供も障害のない子供も共に学ぶということがこれからは主流になっていくという中で、虐待については、障害者虐待防止法というのは障害者だけに適用される法律ですので、障害児が虐待を受けた場合だけは通報義務がかかるというような、ちょっとちぐはぐな対応をせざるを得なくなるということが、この勧告に沿った対応をした場合に想定されると思います。 私は、学校教育における虐待の通報義務等については、障害児だけを対象にするのではなく、全ての子供たちに対して通報義務、あるいは虐待防止の措置がかかるような法制度にするべきではないかと考えておりまして、この勧告については、矛盾があると思っているところです。」 と、この勧告の矛盾点を指摘する意見も出ている。 以上見てきたように、国連の「障害者の権利に関する委員会」の勧告に従って問題を解決して行くにはまだまだ大きな障壁があることが分かる。それは言葉の問題つまり認識の問題一つを取っても明らかである。 次回2028年2月までに提出する定期報告までにどこまで改善されているか、建設的な対話ができているか、見守っていきたい。 |
||
前号へ | トップページへ | 次号へ |