「うか」85号  トップページへ
     点字から識字までの距離(81)
             盲学校・ろう学校生のインターンシップ(5)

                           山内 薫(墨田区立あずま図書館)
 Kさんがインターンシップを行った翌年には、同じく文京盲学校のYさんがあずま図書館で職場体験を行った。Kさんは3日間だったが、Yさんの場合は2日間の日程であり、余裕のない職場体験になってしまったと言わざるを得ない。このときにも白百合女子大学の学生2名の図書館実習と重なり、初日は午前中がオリエンテーションと館内見学、窓口業務、午後は2人の学生に点字を教える事を課題にした。彼女は点字で読み書きしているものの強度の弱視なので窓口での貸出返却時のバーコードスキャンなどは余り手助けしなくてもこなすことができた。
窓口で貸出
音訳勉強会でテープを聴くYさん
担任と事前打ち合わせに来館
 2日目の午前中は窓口業務のあと選定会議に出席してもらった。午後には毎月寺島図書館で行っている音訳者の集まり、「音訳勉強会」に参加し、音訳者の録音してきた課題について感想・意見を述べてもらうことにした。日頃視覚障害利用者から自分の音訳したものについて直接意見を述べてもらうことはほとんどないので、音訳者にとっては貴重な機会となった。音訳者に事前に録音してきてもらった課題は、「嵐」のメンバーの一人一人にインタビューした雑誌「an・an」の「デビュー10年目突入、嵐は次のステージへ」(2008年11月26日号)という記事だった。これは、Yさんが実習の事前打ち合わせに見えたときに、彼女の好きな芸能人を聞きき、「嵐」が好きと聞いていたので選んだもので、音訳勉強会に参加する20人余りの音訳者は嵐のメンバー5人の内の1人分の記事を事前にテープ録音して持って来ることになっていた。そして、そのテープを全員で聴きながら彼女に意見を述べてもらった。音訳勉強会の終了後、Yさんのお母さんと担任の先生が寺島図書館に見え、反省会を行った。Kさんの場合には実習日誌はテキストファイルでもらい、それについての講評もテキストファイルで書いて渡したので記録が残っていたが、Yさんの場合には点字で書かれた実習日誌を見せてもらい、それに対して点字で講評を書いたので記録が残っておらず、たった2日間だったこともあって印象の薄いインターンシップだった。
 Yさんが来た次の週、今度は東京都立葛飾ろう学校高等部2年生のTさんが4日間のインターンシップに来館した。視覚障害学生の利用は以前からあり、全盲の学生にしろ弱視の学生にしろ何人も利用者がいたので、ガイドやコミュニケーションのノウハウはほとんど分かっていたが、聴覚障害利用者との対応は今まで数えるほどしかなく、どのように受け入れればよいのか多少の不安もあった。区役所の職員課からろう学校生のインターンシップを受け入れられるかどうか図書館に打診があったときには、口話でコミュニケーションを取っているとの話だったが、7月16日に担任の先生と打合わせのために来館した本人と話をしたところ、簡単な手話と筆談でコミュニケーションが取れることが分かった。Tさんの発語はとても明瞭で、何を話しているのか分からないということはなく、Tさんの意志を我々に伝えることには何の問題もないが、こちらがTさんに意志を伝える時にどうするかが問題だった。大きな声で話せばある程度聞こえるとのことだったが、基本的には筆談で話を伝えることにした。会議の場や机のある場所ではパソコンを使い、ワープロでこちらが伝えたいことを打って画面を見てもらい、窓口などではクリップホルダーに白紙を挟んでおき、その白紙に鉛筆で伝えたいことを書くことにした。その他簡単な意思の疎通には手話を使うこともあったが、Tさん自身、仲間が話している日本手話はほとんど理解できないという。日本語対応手話は何とか分かるとのことなので、Tさんに教えてもらいながら話の中に簡単な手話を交えることも試してみることになった。
 さて、Tさんは専攻科のデザイン系で学んでいるということなので、今回のインターンシップでは専攻科でのデザインを生かして、新たに貸出を始める予定の知的障害者授産施設向け図書館利用案内を作ってもらうことを課題にした。この件に関してはこの連載の74〜76回(「うか」78号〜80号)「墨田福祉作業所への出張貸出」で触れたのでそちらを見ていただければと思う。
 第1日目はまず館内を一通り案内した後、朝のミーティングであずま図書館の職員全員にTさんを紹介した。その後、先週実習した文京盲学校のYさんの実習の様子を写真で見てもらい、4日間の予定表を渡して説明した。3日目の午後と4日目の午後に特別養護老人ホームと老人保健施設を訪問して紙芝居などを行う予定があるので、紙芝居をやってみるかどうか尋ねると是非やってみたいとのことだったので、2日目の午後に実際にやる紙芝居を選んで練習することになった。
 さて初日の午前中の残りの時間は窓口に付いてもらった。窓口でのバーコードリーダーによる返却スキャン、貸出スキャンは全く問題なく、利用者からの口頭による質問等もなかったので小1時間はあっという間に過ぎ去った。
マルチメディア・デイジー図書を見る

 午後は2時から各図書館の障害者サービス担当者が集まって会議が予定されているので、それまでの1時間、マルチメディア・デイジー図書を見てもらうことにした。マルチメディア・デイジーについてはこの連載の32・33回(「うか」35号・36号)で既に紹介しているので参照していただきたいが、パソコンの画面上にテキストと画像が表示され、同時に音声がシンクロ(同期)して、現在音声で読まれているテキスト部分に黄色いバックライトが当たり、今どこを読んでいるかを示すという資料である。一般に文字からの情報を得るのが困難な学習障害、特にディスレクシアと呼ばれる人や発達障害の人、知的に障害のある人などが利用者として想定されている。はじめに見てもらったのはスウェーデンで出版された『赤いハイヒール−ある愛のものがたりー』(写真/ビョーン・アーベリン、文/ロッタ・ソールセン、訳/中村冬美 日本障害者リハビリテーション協会 2005)という、ヤングアダルト向けの写真絵本だった。そのあと、光村図書が作成したデジタル教科書の体験版があったので、それを見てもらった。この国語のデジタル教科書体験版は2005年の教科書改訂に合わせて作られたもので、1年生の「はなのみち」、四年生の「手と心で読む」、六年生の「やまなし」の四つの単元が収録されている。「はなのみち」ではさし絵がアニメーションのように動いたり、「手と心で読む」は点字を扱った教材で点字図書の出来るまでや目の不自由な人のパソコン機器など、いくつもの資料映像が見られるようになっている。デジタル教科書もマルチメディア・デイジーと同じように文字を音声で読むが、バックライトがあたるのではなく、読んでいる部分の文字が太く表されるようになっている。以前マルチメディア・デイジーを製作している日本障害者リハビリテーション協会の人に光村図書のデジタル教科書作成スタッフに連絡を取ってもらい、話をしてもらったことがあったのだが、相互協力体制にまでは至らなかった経緯がある。
 さて、Tさんにこのデジタル教科書体験版も見てもらうことにした。パソコンのスピーカーは音が小さいので、パソコンに外部スピーカーを取り付け、音がある程度大きくなるようにして、六年生の単元、宮沢賢治の「やまなし」を見て(聞いて)もらった。彼女は6年生の時に江東ろう学校でこの教材を学んだことがあるといっていたが、画面の文字と音声が物語を語り始めると「とってもよく分かる」と思わず声を出した。つまり音声だけを聞いても、難聴のため何と言っているのか分かりにくいが、画面上に文字があり、しかも読んでいる部分が太く示されるので、話している内容がよく分かるというのだ。そういえば、様々な場所でデジタル教科書を使っている学校があるかどうか聞いてきたが、未だに使っているという学校に出会ったことがなかったのだが、どこかのろう学校が使っているという話を仄聞したことがあった。その話を聞いたときにはなぜろう学校でデジタル教科書を使うのか良く理解できなかったが、Tさんが目の前で「とてもよく分かる」と言ったことで、その理由を納得できたのだった。
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