「うか」84号  トップページへ 
     点字から識字までの距離(80)
             盲学校・ろう学校生のインターンシップ(4)

                           山内 薫(墨田区立あずま図書館)
 いよいよ8月3日の最終日。午前中は懸案となっていたあずま図書館で所蔵する点訳図書の目録をとる作業と引き続きSさんへの点字指導をお願いする予定だったが、もう一度窓口を経験したいという強い要望があったので、9時から11時までの間、Sさんと一緒に窓口業務を行った。利用者の差し出す貸出券をスキャンすることも、本に付いているバーコードをスキャンすることにもだいぶ慣れてきて問題なくこなせるようになった。11時過ぎに障害者サービス室に戻り、目録をとる点訳図書を閉架書庫から運び出した。あずま図書館の閉架書庫には50タイトル程の点訳図書の他、『紅ばら』や『読み切り官能小説』など1980年代に刊行されていた点字ポルノ雑誌のバックナンバー、そして『手で見る学習絵本−テルミ』(日本児童教育振興財団発行 小学館協力)が1983年の創刊号から保存されている。この『テルミ』は隔月刊で現在も刊行されており、既に200号を越えている。毎号24ページ立てのA4より少し小ぶりのサイズで、クリーム色の紙に活字と共に青い発泡インクで点字と絵が印刷してあり、発泡インクの盛り上がりによって点字や様々な形を触読できる。ドラえもんなどの人気キャラクターの形、花や動物の形、丸や三角、数字やカナ、折り紙等々さまざまなものや形が触って確認でき、クイズなども毎号載っている。特に人気があるのは迷路で、盛り上がった線の間を指でたどっていってゴールまでたどり着くようになっている。閉架に入ってKさんに『テルミ』を見せると、小さい頃に読んでいたそうで、とても懐かしがっていた。
 さて、閉架書庫に所蔵されている点訳図書のうち、他の点字図書館や公立図書館の多くで既に所蔵している文学書などはあえて外し、他ではあまり所蔵しておらず、あずま図書館にしかないものを中心に目録を作成することにした。あずま図書館に異動してきて点訳図書が閉架書庫にあることが分かり調べてみたのだが、どの本もインターネット上の全国総合目録には載っていないことが分かった。そこで1冊1冊の点訳図書の目録をとり、その目録をフロッピーに入れて都立中央図書館に送ると、そのデータが『東京都公立図書館 録音・点訳図書、拡大写本新作情報 』に掲載され、都内の各公立図書館に送られると共に、国立国会図書館の点字図書・録音図書全国総合目録にも掲載され、インターネット上の国立国会図書館蔵書検索(NDL-OPAC)によって誰でも検索することができる。この目録に載っている点訳図書や録音図書は全国の点字図書館、公立図書館から相互貸借で借りることができる仕組みになっている。前の職場の緑図書館では、同じように目録を送り現在では130タイトル程の点訳図書が登録されているので、全国の点字図書館、公立図書館から貸してほしいという依頼がくる。あずま図書館の点訳図書の目録をとろうと思っていた矢先、盲学校の生徒がインターンシップに来館するというので渡りに船でお願いしたわけである。
 Kさんが点訳図書の奥付を読み、それをSさんがパソコンに入力していくというやり方で目録をとったのだが、閉架書庫から持ってきた点訳図書27冊のうち1冊は漢点字の点訳書だったので、その本についてはこちらで目録をとって、その情報をSさんに入力してもらった。作業は昼を挟んで2時半頃には終了し、入力したフロッピーは週に1回あずま図書館に来る都立図書館の協力車で都立図書館の担当部署に送った。
 今回のインターンシップの最後のプログラムは、文京盲学校の担任のN先生とKさんのお父さんを交えた反省会だった。15時からの反省会に参加してくださったKさんのお父さんは建築設計の仕事をなさっている方で彼女が目指している教師になれるよう応援を惜しまないと話された。文京盲学校生の公立図書館でのインターンシップは初めてのことだったが、成功裏に終わったと言ってもよいだろう。最終日の反省点と感想をKさんは次のように記している。
「カウンター業務では、「貸し出し」、「返却」の手順を完全に覚えることができ、自分自身で全てできるようになったことが、嬉しく思い、達成感でいっぱいです。目録作成では、点訳された本の奥付に、「ISBN」がカットされていることが多かったので、驚きました。
窓口でのKさんとSさん
点訳図書目録をとる
反省会、担任のN先生

 反省会では、「これから社会に出たときに、特技を持たなければならない。そうしないと、自分の居場所が生まれない。」というN先生からのお話を聞き、社会の厳しさを改めて知ることができました。また、Sさんからの「外交的で何事にも積極的な姿勢が良かった」というコメントを聞いて、その姿勢をこれからも大切にしようと思いました。
 3日間を通して、晴眼者の中で、一人の視覚障害者として、仕事をできたという経験を、将来に生かしたいと思います。」
 最終日の実習先のコメントとして彼女の日誌には次のように記した。
「あっという間の3日間でしたね。今日は貸出返却を沢山こなしましたが、手順を飲み込むのがとても早くて感心しました。多くの利用者もとても優しく見てくれていました。現在公立図書館には20人ほどの視覚障害の図書館員がいますが、ほとんどは障害者サービスの担当で一般の窓口に出ることはないようです。1日目のコメントにも書きましたが日野市立図書館のNさんは定期的に一般の窓口に出ているそうです。障害のある人が職員として窓口に出ることの意味はとても大きいと思います。もう1人、聴覚障害者で日本手話が第一言語である枚方市立図書館の山元亮(やまもとりょう)さんも全く聞こえない人ですが一般の窓口に出ています。(その他に肢体障害の図書館員は150人近くいます)
 さて、今日読んでいただいたあずま図書館の点字図書は国立国会図書館の点字図書・録音図書全国総合目録に載っていないものなので、今回目録を都立中央図書館経由で報告して、インターネットで検索すれば、全国どこにでも貸し出しできるようにしようと思っています。これからの入力作業はSさんにお願いしますが、第一段階の作業に協力していただいてとても助かりました。
 職場の中での自分の居場所についてですが、一緒に仕事をする周りの人たちとコミュニケーションをうまくとることが出来ればまずは大丈夫ではないでしょうか。その点Kさんは性格的にもうまくやっていけると思います。あとは周囲の人の眼を積極的に使うこと、点字だけではなく音訳を始めさまざまな情報摂取方法の中からそれぞれ最も効率の良い方法で情報を入手できるようにすること、この2点が大事ではないかと思います。
 これからも英語教師を目指してがんばって下さい。また、あずま図書館にも遊びにいらして下さい。」
 こうして3日間にわたるインターンシップが終わった訳だが、窓口からお話し会そして特別養護老人ホームで歌う歌の伴奏まで日頃私たちの行っているかなりの仕事を体験してもらったことになる。視覚障害者の職域として公立図書館(もちろん点字図書館も)の仕事は将来性のある仕事だと考えている。利用者に点字図書や録音図書を提供する仕事を当事者が担うことは自然なことではないだろうか。(その点字図書の中に漢点字図書も含まれていれば言うことがないのだが・・・。)20年以上前のことになるが、墨田区の盲人協会の会長に対して視覚障害の図書館員を採用するように区に要望を出してほしいと訴えたこともある。(盲人協会では残念ながらそうした要望を出さなかった。)
 さて、仄聞するところによると実習の1年半後、Kさんはめでたく和光大学に合格した。現在も英語教師への道を目指して勉強していることと思う。
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