「うか」81号  トップページへ
     点字から識字までの距離(77)
             盲学校・ろう学校生のインターンシップ(1)

                           山内 薫(墨田区立あずま図書館)
 7月から8月にかけて毎年、中学生や高校生のインターンシップ(職場体験)が何組も図書館を訪れる。ほとんどが2〜3人で2日間、図書館の様々な仕事を体験することになる。窓口や資料の装備などが主な業務になるが、カリキュラムのなかに必ず点字体験を1時間組み込み、簡単な点字の知識や概要を説明した後、仕上げに自分の名前をタックペーパーに点字で打ってもらい好きな場所に貼れるようシールを作成する。
 3年前、文京盲学校のN先生から、盲学校の生徒の職場体験実習を受け入れてくれないか、という依頼があった。N先生とは一時日本図書館協会の障害者サービス委員会でご一緒したことがあり、その関係での依頼だった。今まで、区内の中学校の障害児学級に在籍する生徒の実習を受け入れたことはあるが、盲学校からの依頼は初めてだった。しかし全国に30人以上も視覚障害の図書館員が働いているので、視覚障害学生の職場体験の場として当然図書館も有力な実習の場にならなければと、快くお引き受けすることにした。
Sさんに点字を教えるKさん
Sさんに点字を教えるKさん

 件の生徒は高校2年に在籍するKさんで、8月1日から3日の3日間、あずま図書館で職場体験実習を行うことになった。Kさんは身体障害者手帳1種1級、未熟児網膜症で右眼が光覚弁、左目が手動弁で点字使用。大学進学を希望し、将来は英語の教師を目指している。丁度8月1日から2週間、立教大学の司書課程で学んでいる4年生のSさんが図書館学の単位取得のために実習に来館するので、初めの3日間は一緒のカリキュラムで実習してもらうことにした。図書館学を学んでいる学生の実習は通常2週間から3週間なので、その都度期間内でできる課題を与えることとしているが、今回はまずKさんがSさんに点字を教え、ふたりで協力してあずま図書館の閉架書庫にある点字図書の目録を作成することを課題に選んだ。またKさんはパソコン操作に慣れていること、音楽が趣味で簡単な曲ならキーボードを弾けることもわかったので、2日目には緑図書館の小さい子どものためのおはなし会とその後の清風園でキーボードやピアノを弾いていただくことにした。
 Kさんの住所は川崎市多摩区にあり、初めての場所に遠方から通勤時間帯に一人で来るのは難しいので、朝と夕方には保護者の方が送迎して下さることになった。
寺島図書館で
寺島図書館で

 8月1日、第1日目は午後に寺島図書館で音訳者の集まりがあるので、一緒に行ってもらうことを中心に以下のような予定表を作成した。
8時半 あずま図書館に出勤
    立教大学の実習生Sさんに紹介
9時半 全体の話し合いであずま図書館職員に紹介
9時45分  館内の案内
10時〜11時 カウンター業務
11時〜12時 Sさんへの点字指導
12時〜13時 昼休み
13時〜13時半 寺島図書館への移動(歩き)
13時半〜14時 寺島図書館見学
14時〜16時半 音訳勉強会
  (墨田区の音訳者20名ほどが4つの課題をテープに録音してきますので、それを聴いてコメントしてもらいます。)
16時半 寺島図書館にて解散
 まず、立教大学のSさんとお互いに自己紹介した後、今回の3日間の実習のおおよその予定と課題として点字図書の目録をとってもらうことを伝えたが、A4版1枚で作成した実習予定表はもちろん点字版も作成しKさんに渡した。
 あずま図書館では毎朝9時半から話し合いがあるので、そこで全職員に紹介、その後図書館の中を案内して歩いたが、ブックディテクション(盗難防止用のゲート)に興味を持った様子だった。
障害者サービス室で
障害者サービス室で

 一通り館内や閉架書庫を案内した後、窓口業務(返却と貸出)についてもらった。ほとんど見えない視覚障害の人が本の返却や貸出ができるかどうかこちらも不安だったが、図書館の本に貼られている読み取り用のバーコードは基本的に貼る位置が定められており、貼ってある場所は保護用の塩ビシートが貼ってあって多少盛り上がっているので指で確認できる。その位置は本の背を左にして左下の部分ということになっているので、表表紙か裏表紙かを確認する必要があるにしても2回の確認で場所を特定できる。そして、そこにバーコードリーダーを当てて読み取りが行われればコンピュータの端末がピッという音を発し返却作業が完了する。と口で言ってしまえば簡単なようだが、実際にコンピュータの画面の見えない彼女の場合、図書館の本のバーコードを読み取ったのか、他のバーコードを読み取ったのかを画面で確認することができない。最近の本や雑誌は、裏表紙のあちこちにバーコードが印刷してあり、それらのバーコードを図書館のバーコードよりも先に認識して読んでしまうこともあり、その場合には画面上に「IDが正しくありません」というメッセージが出るのだが、パソコンが発する音は正しく読んだときと同じ音なので、画面を見なければわからない。ただし、その後に正しいバーコード番号を読めば、その本の返却処理は完了するようにはなっているが、返却したつもりの本が実は返却されていないということが起こってしまうので、やはり補助的に画面を確認する人の目が必要になってしまうのだ。今回は私もそばについているので問題ないが、彼女が全く1人で貸出返却業務を行うことは困難ということになってしまう。(ただし返却に関しては、1度窓口で返却した本を書架に出す前にもう1度まとめて返却処理することになっているので、未返却のままになってしまうことはほとんどあり得ない。)午前中の1時間にはそれほど利用者もなく、無事に済み、11時からの1時間はSさんへの点字指導をお願いした。
窓口に座るKさん
窓口に座るKさん

 昼食の後、午後は音訳勉強会が行われる寺島図書館に歩いて向かった。KさんのガイドをSさんにお願いしたが、初めてとは思えないほどしっかり手引をしており、何より感心したのは一緒に歩きながらどんなお店があるか、今どんなお店の前を歩いているかなど初めての道を歩くKさんの目の替わりをしっかりと果たしていたことだ。
 さて音訳勉強会というのは月に1回、日頃活動して下さっている音訳者の方たちに集まっていただき、情報交換をしたり、3分程度で読める課題を皆さんにテープに録音してきていただき、それを全員で聴き合うという会で、10年以上続いている会である。音訳の講習会は毎年初級を開催して新しい音訳者の養成を行っているが、受講してすぐに本の音訳に取りかかれる人はほとんどなく、初級修了者及びその他の音訳者のフォローアップと勉強のために毎月開催している。初級修了者は、まず経済関係の雑誌の目次を読む課題に挑戦していただき、この人なら記事も依頼できると判断すれば、その後、雑誌記事を90分テープ1本分依頼し、尚この人なら本を頼んで大丈夫と判断すれば本を依頼するという事になる。要するにこの音訳勉強会は音訳者の勉強の場であると同時に図書館側が音訳者のレベルを判断する場なのである。
 この日も4分ほどで読める課題を4種類用意して、それぞれの音訳者に録音してきていただいた。普段は私達が聴いて読み方などについて意見を言うのだが今回は視覚障害利用者が実際に聴いて意見を述べてもらえる良い機会になった。2時間近く音訳者の録音した課題を聴いて感想を述べるのはさぞ疲れたことだろうと思う。同席したSさんは次のような感想を述べてくれた。
「皆さんの音訳は安定したテンポですごく聞きやすくて本当に上手だと感じた。でも早さ・注・読み方・記号に関しての決まりがきちっとあるわけではなく、その音訳者に委ねられている部分があると知ると、知識も経験も重要なんだと気付いた。視覚にハンディを持つ人は漢字がわからない人もいるので、文字から意味を理解できないので、同音異義語の注に皆さん困っていたようです。文章を見ず、耳で聞くだけで文章を理解することは難しく、それだけに音訳者の腕にかかっていると感じた。」
 音訳者からはKさんに対して「普段知らない単語にはどう対応するのか?注釈は入れた方がよいのか?」などの質問が出された。
 Kさんの日誌には次のような感想が述べられていた。
「今日は何もかも慣れるので精一杯でした。最初図書館へ行くとき、今日1日無事に終わるのか心配になり自信もなく、不安と緊張でどうなるかと思いました。カウンター業務では慣れてくるととても楽しく感じました。Sさんへの点字指導では、教えながら、点字の特徴について改めて気づいたこともあり、勉強になりました。そして、全くかけ離れていることかもしれませんが、指導したことで、教えるということがどういうことか、経験でき、将来先生になろうと思っているので、それに生かせたらいいなと思っています。
 音訳勉強会では、2時間ずっと音訳された方々のを聴いて、コメントするというのを繰り返し行いました。でも、コメントするとき、頭の中でまとまっていないまま発言してしまったことがあったので、目標が生かされていないと思い、引き続き目標にしたいと思います。」
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