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   点字から識字までの距離(63)

                         
山内薫(墨田区立あずま図書館)


   情報化時代に対応する漢字政策

 文化庁の文化審議会国語分科会に漢字小委員会という委員会がある。この委員会は今後の国語政策として取り組むべき最重要課題の2つの内の1つ、「情報化時代に対応する漢字政策のあり方」について検討するために2005年に設置された。(ちなみにもう1つは「敬語に関する具体的な指針作成」)国語分科会は新たな漢字政策が必要とされる理由として、@現在の漢字使用の目安である常用漢字が情報化の進展が著しい現在十分に機能しているかどうか検討の必要がある、A漢字を手で書く機会が極端に減ってきている現在、漢字を手で書くことをどのように位置づけるかの2点をあげている。
 事実、文化庁が毎年実施している国語に関する世論調査でも「パソコンや携帯電話などの情報機器の普及によって、言葉や言葉の使い方が影響を受けるのではないかという意見がありますが、あなたはどう思いますか。」という設問に対して78.9%の人が影響があると回答している。(平成15年度調査)この8割近くの回答者にどのような影響があると思うかと問うたところ実に60.9%の人が漢字が書けなくなると回答している。一方で漢字に対する意識調査では71.0%の人が「漢字は日本語の表記に欠くことのできない大切な文字である」、60.6%の人が「漢字を見るとすぐに意味が分かるので便利である」と回答している。(平成14年度調査)パソコンなどで使うことのできる漢字の数も、常用漢字およそ2千字に対して、現在ワープロなどに搭載されている漢字は6千3百字(JIS第1・第2水準)とほぼ3倍を超え、さらに近い将来多くの情報機器が1万字を超える漢字(JIS第1〜第4水準)を搭載すると予測されている。
 そこで、常用漢字以外の漢字の使用について「常用漢字表にない漢字であっても、積極的に使っていくべきである」か「むずかしい漢字も使われるようになるので、余り望ましいことではない」かどちらの考えに近いかを問うたところ、前者が42%、後者が32%と使用推進派が10ポイント上回るという結果が出ている。(平成15年度調査)
 平成16年度調査では「7つの例文を挙げて、手書きの場合とパソコン・ワープロ等を使って書く場合に、平仮名で表記するか漢字で表記するかを尋ねている。7つの例文の内「朝の9時頃」の「頃」、「誰ですか」の「誰」、そして寝具の「枕」の3語は、ほぼ手書きが8割、パソコン・ワープロ等では9割が漢字を使っている。「挨拶」と「育む」では手書きの半数が漢字であるのに対してワープロだと85%が漢字を使っている。残る2つ「顰蹙を買う」の「顰蹙」と「齟齬を来す」の「齟齬」はどちらも手書きではわずか5%前後の人が漢字を使うのに対してワープロでは3割近くが漢字を使っている。いずれもパソコンやワープロ等を使う場合に漢字の使用率は上がり、むずかしい字になればなるほど手書きより使用率が上がることが分かる。(手書きの「顰蹙」では11%、「齟齬」では20%が分からないと回答しているので、この1〜2割の人にとって書き言葉のカタログの中にこの2つの言葉がもともと存在しないと見ても良いだろう)
 こうした結果を見て20年近く前のことを思い出す。当時、図書館を利用している視覚障害の利用者が点字ワープロで初めて打った原稿を添削してほしいと点字毎日の記事を墨字に訳した原稿を送ってきたのだが、漢字の間違いなども散見される他、何よりも漢字が多く、普通は仮名で書くような言葉も漢字があればすべて漢字を使うという感じだった。
 さて、携帯端末の契約数が既に1億台近くになり、携帯電話の世帯普及率も9割を超え、インターネット利用人口も8千5百万という現状の中で、仮名入力による仮名漢字変換が書くことの中心になっていくため、漢字は「書く」から「選ぶ」時代に突入したと言ってもよいだろう。しかし「書く」と「選ぶ」では、使用する脳の機能や活動が異なり、漢字の学習や記憶には視覚とともに手先の運動が係わって初めて書けるのだが、パソコン入力が普及すれば書ける漢字と読める漢字がますます乖離するだろうと思われる。もともと漢字は手で何回も書いて覚えたもであり、漢字を思い浮かべるときにも脳の運動神経系が活動しているという。そこで小委員会の委員の中には「書ける字、書けなくても読める字と、様々なレベルの漢字があっていい、という方向で考えてはどうか」という発言も見られる。
 この漢字小委員会は2005年9月からほぼ月に1回開催されており、5・6年後をメドに常用漢字を見直すという。まだ漢字を手で書くことの位置づけについては余り検討されていないが、情報化という言葉に振り回わされずに脳の働きなどとの関連でじっくりと漢字の問題に取り組んでもらえたらと思う。(今回の記事は文化庁のホームページ上に公開されている文化審議会国語分科会漢字小委員会の議事録と配付資料を参考にしました)

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