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   点字から識字までの距離(61)

                         
山内薫(墨田区立あずま図書館)


    地名と平成大合併

 前号の人名と漢字の中で、はじめに取り上げた山内一豊だが、実はこの10月、高知に行く用事があり、夜行バスで早朝着いたので早速高知城を見学しに出かけた。そこには、山内一豊の銅像と名馬と妻の銅像があり、それぞれの大きな像の下に説明のプレートがあった。プレートには日本語、英語、中国語、ハングルの四カ国語で解説が書かれている。その内英文の解説には「Yamauchi Katsutoyo」とあったので当地でも「やまうち かつとよ」と表記していることが分かった。
 さて今回は地名である。以下が「あけのほし」の記事である。
 点字図書や録音図書を作成する際、原本の漢字の読みを調べることを「調査」と呼び、点訳、音訳に欠かせない重要な基礎的な作業になっている。特に前回取り上げた人名や地名などの固有名詞は、分かっているつもりでも辞典類などに当たって正確な読み方を調べなければならない。
 例えば、私の住む埼玉県の東部に鷲宮町(わしみやまち)という町がある。鳥の鷲とお宮の宮という漢字2文字のこの町の名は「わしみや」だが、この町にある関東最古の大社といわれる神社の名前は「わしのみやじんじゃ」という。町内の東武鉄道とJRの駅名はいずれも「わしのみや」だが、甲子園に出場したこともある県立高校の名前は「わしみやこうこう」という。従って郵便番号簿では「わしみや」、鉄道時刻表では「わしのみや」と仮名が振ってある。町の歴史的な変遷が2つの読みを許容してきたのだろう。
 ところで地名といえば、この3月で一応の収束を見た平成の大合併は多くの自治体名を消失させた。なんと3232あった自治体が1824にまで減ってしまったのだ。この平成の大合併は図書館にも大きな影響を与えた。今まで全国の自治体の図書館設置率は54.5%(2004年4月現在)と、約半数強だったものが、今回の大合併によって69.9%と7割の自治体に図書館が設置されているということになってしまった。図書館の無かった町村が図書館のある大きな市に併合されることによって全体の設置率が大幅に上昇したわけだが、それでもおよそ1000残った町村の半数には未だに図書館がないという状態が続いている。
 自治体の大合併は明治、昭和に続いて今回が3回目になる。明治の大合併は明治21年末に7万1314あった町村が市制・町村制の施行によって39の市と1万5820の町村になり、町村数は5分の1になった。昭和の大合併は昭和28年の「町村合併促進法」、昭和31年の「新市町村建設促進法」施行によって全国一律に町村合併が進められ、9898あった市町村数が、約3分の1の3526に減少した。そして今回の平成の大合併となった。
 今回の合併によって新たに生まれた自治体名が様々な物議を醸している。まず特徴的なのが仮名の地名で「さいたま市」を筆頭に「さぬき市」「おいらせ町」等、読みやすくわかりやすいという理由でつけられたのだろう。日本で初めてつけられた仮名の自治体名は「むつ市」(1960年)が初めてだが、今回の合併で初めて日本語以外のカタカナを含む「南アルプス市」が誕生した。新地名の中には「さくら市」(栃木県)や「みどり市」(群馬県)、「中央市」(山梨県)などのように、自治体名からはその市がどこにあるのか全く見当の付かない、イメージ地名と呼ばれる地名も出現している。また「つくば市」と「つくばみらい市」のように隣接して同じような名称を持つ自治体もできた。その最たるものは静岡県の「伊豆市」と「伊豆の国市」だろう。おまけに「東伊豆町」「西伊豆町」「南伊豆町」が周辺にあり、伊豆半島の半分が伊豆という地名を含む自治体となって非常に紛らわしい。さらに岐阜県の「飛騨市」のように旧飛騨の国のおよそ6分の1しかない地域が住民投票によって「飛騨市」を名乗ってしまったために、周辺地域からクレームが付くというような事態まで生じている。
 こうした傾向に対して民俗学者の谷川健一が所長を勤める日本地名研究所が緊急声明を発している。その声明の趣旨は「地名は日本の伝統文化の根幹をなすものであり、日本の歴史・地理・民俗・考古などすべては地名を由縁としている。安易な命名は、あるいはいたずらにひらがな書きにし、または安易に方位方向を冠し、あるいは合併市町村の頭文字をとって合成し、あるいは根拠のない瑞祥地名をとるなど、あまりにもほしいままな命名が横行している。これらは、その土地の実情を的確に反映しているものとは言えず、日本の地名の新しい受難時代の到来と言っても過言ではない。それは、地名の危機であるばかりでなく、日本人の風土感覚を狂わせる重大な問題を孕んでいる。」と新地名の安易な命名を厳しく糾弾している。この内、あまり聞き慣れない瑞祥地名というのは、縁起やイメージのよい地名で、典型的なのは美しい里という意味の「みさと」や日本の美称である「瑞穂」などという地名である。
 かつてはそれぞれの土地に霊が宿り、そこに生きる人々の思いや祈りが込められていた地名が、安易な命名に押されて行き場を失い、さまよっているように思える。

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