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 漢点字訳書紹介
      詩的リズム-音数律に関するノート

 以下は、今回漢点字訳された、菅谷規矩雄著『詩的リズム-音数律に関するノート』の、著者の序文の一部です。

 

 ある時期、とりわけ少年時にひとりの詩人に傾倒することがあったとして、その〈体験〉のもっともおく深く、したがってもっとも自覚のとどきにくいところで、対象化=批評をこばんでさいごまで残存する〈影響〉はなんであろうか-そう問いをたててみると、これまで閉ざしてきたなにものかが、無言のさらに下層でかすかにうごきはじめる。この領域におそらく〈韻律〉はひそかにしかしはげしく住みついているのだ。
 短歌や俳句そして初期近代詩を定型詩とみるかぎりでは、わたしは〈定型=韻律〉のまったく対極で、どこまでも〝詩を散文のように〟書こうとする意図をもちづづけている。批評を書くことは、一篇の詩作品を書くことによって不可避的に形成される言語の定型性=美的様式を、そのたびごとにみずからつきくずし、いわば発語の根拠へ、現実の根柢へおのれの言語をひきもどす解体作業なのである。だが、そのようにみずから散文的に解体した言語が、〈無言〉の領域でふたたび発語へ、さいしょの一行へむかってかたちをとりはじめる。その起動力はなににもとめられるか。書きはじめようとする意志は、なにを原基として自立するにいたるか-そこには〈無言〉としての言語のもっとも深層が暗示されている。
 はじめに傾倒といったが、それはすでに詩とか文学にとかについてなんらかの自覚を前提にしてのことである。それ以前、読書という体験のそもそものはじまり、わたしのアドレセンス初期に、まず〈詩〉を刻印した一冊の本がある-たまたまそれが、わが家の片隅につみおかれた数冊しかない本の一冊であったがゆえに、いつしか読んでしまっていたという偶然が、偶然としてのなにげなさをたもちながらしかも決定的な必然性のごとくに、いつまでも作用しつづけるのである。たしかにわたしは、いまにいたるまで、一冊の啄木歌集をそうした初期的な読書体験の領域で読みつづけている-おのれの批評のなおとどかないところで。そしてそこには、じっさいに短歌をつくったことのないわたしの、短歌的なるものに関するわずかばかりの〈体験〉のすべてが閉ざされてあるようにおもう。
 初期的体験がさいごまで残存せしめるものは、けっしてなにか赫かしいもの、幸福なるものを意味しはしない。むしろそれはわたしの詩的発語を、逆にはるかな発語以前の闇へひきこんでゆこうとするものであるゆえに、必然的とよばざるをえないのである。少年時におけるわたしの〈啄木〉は、いわばおのれの貧しさを、〝言語における貧しさ〟としてはじめて経験したというにひとしい、暗さとそしてわびしげなわずかばかりの明るさをなしている。それは近代批評のほとんどおよびえない地点、わたしにとって感動や思想をいうことの不可能な領域に、はじめから存在してしまっている。批評的にとりだそうとすれば、まるでおのれの身体を批評の対象とするような無意味さにおそわれる。歴史的でも個的でもなく、〝生理的〟な存在感とみなすほかないような、あたまがおもくなるような感覚である。そのころのわたしは、いまだ〝不幸〟という意識さえもたしかめえない重圧のなかで、ただ苦痛からのがれることだけを、〝ことば〟として読んでいたのにちがいない。

 かなしくも
 夜明くるまでは残りゐぬ
 息きれし児の肌のぬくもり

たとえばこうした歌に、幼い妹の死がむすびついて中学一年ころのわたしをとらえ、記憶ともいえないくるしさがのこるのである。あるいはまた-

 夜寝ても口笛吹きぬ
 口笛は
 十五の我の歌にしありけり

といった歌にたいしたばあいでも、ひとときの感傷がすぎれば、ついに抒情しえないゆきどまり、〈ぢつと手を見る〉感覚がたちどころに意識をおそう。それがわたしの〈生活〉思想の領域ににじみでてくるような意味となることはさえぎられるのだ-ここでわたしはいくたびとなく、体験を自己史へと強化することの困難さにゆきあたる。おそらくそれは、日本の〈近代〉にたいしておのれの〈出生〉を意味づけること、同時にそこで〈近代〉の意味をえぐりだすこと-という相関性をくぐりぬける困難さにひとしい。
 それは、わたしの〝さいごの〟詩的モティーフの所在を告げているはずだ。しかもそれがわたしの詩法のおよびえない必然性のごとくであるゆえに、かえって先験的にじぶんの詩から排除しようとしてきたのではなかったか。じぶんの詩に七五調が入りこむことを、ほとんど生理的に拒んできた-そうであるかぎり、それを否定的に克服する対象として自覚的にとりだすこともなかったのだ。この一点で詩的には〈近代〉をどのようにもくぐりぬける方途をみうしなっているといわざるをえまい。
 詩を〝散文のように〟書くことを意図するとはいえ、じっさいわたしは、あるリズムをたしかめえないでどんな一篇をも書きはじめたことはない。しかもそれは〈内的リズム〉といったようなあいまいなものでは決してないと〝確心〟している。分析の原理をいまだ手にしていないだけなのだ。
 しばらくまえに作品の一部をあたうかぎり短歌的リズムにひきよせて書こうとこころみたことがある。なぜそうするひつようがあったかは、じぶんでもよく説明できないが、あえて引用するならば、それはつぎのようなものであった。

 たちつくすおまえのかげも地上にはない
 記録係を抹消するおわりからのはじめ

 必然が仮にもたらすこの一行の運河
 水さえかたむく音無川をさかのぼる

                  (以下、略)
                  (1972年6月)

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