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漢点字の散歩 (11)

                        
岡田健嗣


     5 点 字

 本稿では、〈点字〉をご存じない皆様も、点字をパターンとしてお受け止めい
ただければ充分です。点字で何が書かれているかを読み取る必要はありません。


 @ 英語点字(2)

    英語点字と拡張アルファベット(承前)
 〈点字〉は一八二五年、ルイ・ブライユが創出した「触読文字」である。しかし彼の存命中には世に認められなかった。
 当初の〈点字〉は、アルファベットをそのまま点字符号に置き換えたものだった。それでもそれまでの墨字のアルファベットを浮き出させたものに比べれば、遥かに読み易いものであった。
 彼の没後、彼を慕う人たちが立ち上がって、欧州各国に〈点字〉を伝えることに努めた。その結果として〈点字〉が、アルファベットを表す符号であることが広まって、欧州各国語がそのまま表記できることが知れ渡った。
 しかし人の欲は次のステップを求めた。「もっと読み易い〈点字〉が欲しい」。
 確かに〈点字〉は、触読に適した文字である。が何かが足りない。「そうだ、朗読ができない」。欧州の文学の習慣には、「朗読」が欠かせない。「朗読のできる〈点字〉が欲しい」。
 ブライユの〈点字〉はアルファベットである。触読しながら音声にすると、ひどく間延びしたものになってしまうのであった。どうすれば「朗読」できるか、単に練習だけでは果たせないことが分かって来た。
 そこで人々は、研究し工夫を加えた。
 英語について見てみたい。
 (以下は、英語点字の解説書による説明ではなく、英語点字の成り立ちを分析しての説明である。従って、英語点字の教本とは、説明の順序が異なる。)

 アルファベットは音素(子音と母音)を表す二六文字の一並びである。その中にはa・e・i・o・uという五つの母音と、二一個の子音が含まれる。子音の中にも、r・w・yのように、母音の働きを兼ねるものもある。これらが幾つか並んで、音節を作るのである。
 音節とは、前回述べたように、母音を単位とした音の並びであって、英語では子音が複数個含まれるのが通常である。
 欧州の言語を表す文字はアルファベットであるが、アルファベットはそのままでは語としての意味は表さない。言葉の発音を表記し構成し、その音が意味に結びついているのである。たとえば語頭にpreがあれば時間的に前を、postがあれば後ろを、inがあれば中の方を、exがあれば外の方を指示する。このようにして文字と意味とは、音を介して連結しているのである。そして文字の一連は、発音の規則に従って表記される。たとえば英語の語頭の子音の並びでは、s(摩擦音)・t(破裂音)・r(流音)の並びはあるが、その逆の並びはない。また、stl、tlが語頭に並ぶことはないなどである。
 英語点字ではこのような規則を応用して、「略字(contract)」を作った。先ずアルファベット一文字で、一つの単語を表すことから始めた。ただし、a・i・oの三文字は、一字だけで語を為しているので、残りの二三文字で単語を表すことにした。

 b=but   c=can  d=do  e=every  f=from  g=go  h=have  j=just  k=knowledge  l=like  m=more  n=not  p=people  q=quite  r=rather s=so  t=that  u=us  v=very  w=will  x=it  y=you  z=as

 これらは、前後にスペースを伴うか、語頭に位置してだけ用いることができる。ただし、アポストロフィーだけは後ろに続けられる。

 c't=can't  t's=that's x's=it's  x'll=it'll  y're=you're  y'll=you'll

 英語点字ではさらに、ブライユの点字一覧の31ch・32gh・33sh・34th・35whの五個の点字符号を、それぞれhを後ろに伴う単独の子音と捉えて、点字符号一文字で、他のアルファベットと同様に扱うこととした。51stもその中に含めて、六個が増えて子音は二七個となる。それに加えて、38ouの重母音をアルファベットの母音に加えて、母音の数は六個となる。これらの点字符号も元来のアルファベットと同様に、一つの符号で一つの単語を表す略字としても用いられるところから、私は〈拡張アルファベット〉と呼ぶことにする。

 ch=child  sh=shall  th=this  wh=which  ou=out  st=still (32ghには、単語は当てられていない。)

 このようにして英語点字では、三三文字を〈拡張アルファベット〉として、一般のアルファベットと同様に使用することとなった。後述する縮語(short form word)にも、この〈拡張アルファベット〉がアルファベットとして用いられている

    一マス音節略字と句読符号
 六つの点で構成される点字符号は、六三通りである。右の〈拡張アルファベット〉三三個を除けば、三〇個の符号が残る。これらがどのように利用されているか見てみよう。
 この三〇個の点字符号の中に、41〜50、55・56番がある。このうちの前の一〇個はlower 4 dots signと呼ばれて、1〜10番(a〜j、upper 4 dots sign)の符号を下に下げた形である。55・56番を加えて、先ずはpunctuation(句読符号)として使用される。また略字としても用いられるが、用途の制限が多いので、その紹介は後ろに回す。
 57〜63番の点字符号は、right side dotsと呼ばれる。これらは次のマスの点字符号に前置されて、その文字の性格を表したりアクセントを付けたり、また二マスの略字を作ったりする。
 以上一九個の点字符号を除くと、残りは一一個である。これらは音節を表す略字で、私は〈一マス音節略字〉と呼ぶ。そのうち26〜30番は単語としても用いられる。加えて36・37・39・52・53・54番とともに音節文字として機能して、他の語の構成要素となる。

 =and  l=land  abon=abandon   =stand
 =for  get=forget  eign=foreign  tune=fortune
 =of  f=off  fice=office
 =the  m=them  n=then  ory=theory
 =with   t=without
 =ed  lik=liked  av=shaved  ucate=educate
 =er  soon=sooner   eo=stereo  wip=wiper
 =ow  n=now  n=owner  p =power
 =ar  t=art   =star   d=standard
 (以下の二つは、語尾あるいは語中にのみ用いられる。)
 =ing  gett=getting  go=going  s =singing
 =ble  a=able  possi=possible  prom=problem

 41〜50番及び55・56番は、punctuationとして、語頭略字として、短縮字として、また単独語として、以下のように用いられる。

 =, ea  rd=read  buty=beauty
 =;  be bb  come=become   =being  caage=cabbage
 =: con cc  te=contest  text=context  aess=access
 =. dis dd  a=disable  play=display  aress=address
 =en enough  a=enable  t=often tis=tenis
 =! to ff  d=to do  aair=affair  eect=effect
 =()  were gg  bi =bigger  es=eggs  sue=suggest
 =“  his
 =in   m=inform  mata=maintain   ruct=instruct
 =” was by  me= by me
 =  com  e=come   =coming  pact=compact
 ='
 * (con)、(dis)、(com)は、語頭にのみ用いられる。(be)は、be動詞として、単独にももちいられる。 のように音節略字を続けることができるが、 (been)とは用いられない。この二つの点字符号は、双方ともにlower4であることから、触読に不適当とされる。
 * (ea)、(bb)、(cc)、(dd)、(ff)、(gg)は、語中にのみ用いられる。他の略字の可能性のある場合は、そちらが優先される。
 * (en)は音節略字として、(enough)、(were)、(his)、(was)は、単独語として用いられる。(in)は、単独語としても音節略字としても用いられる。
 * (to)、(by)、 (into)は、単独語として用いられるが、次の語との間のスペースが省略される。

 以上、駆け足で英語点字のアルファベットと、一マス略字について述べた。〈拡張アルファベット〉と〈音節略字〉という英語点字の基本的な考え方は、これでほぼ出尽くしたはずである。次回は一歩進めて、前置符号を伴った二マスの略字と、縮語をご紹介する予定である。

 付記:
    ブライユ生誕二百年と漢点字
 本稿を執筆する切っ掛けとなったのは、私たちが今使用している〈漢点字〉が、なぜか視覚障害者とその周辺(盲教育関係者と点字図書館等)の晴眼者の間では、ほとんど無視されているように感じられるところにあった。
 今年はルイ・ブライユ生誕二百年に当たる。ブライユの点字の創案は、点字に関わる機関であればどこでも、視覚障害者に文字をもたらして、本が読め、字が書けるようになったこととして、その事業を賞賛し、その恩恵への感謝の尽きることがない。私も全く同感である。
 ブライユの点字は各国に伝播し、各国語に適した体系に翻案された。とりわけ欧米の言語では著しく発展した。我が国では明治二三(一八九〇)年に、石川倉次によって「日本語点字」が作られたが、これは残念ながらカナ体系に留まったものだった。石川は、日本語の表記はカナ文字で充分と言い、自らもカナ文字運動に身を投じたという。教育制度が整備された現在も、触読文字としてはこの石川のカナ点字体系しか教えられていない。
 〈漢点字〉は故・川上泰一先生が世に問うた、ルイ・ブライユの流れを汲んだ、触読文字の漢字体系である。川上先生は、視覚障害者の文字は触読し得るものでなければならない、日本語は漢字仮名交じりでなければ充分に表現できないとのお考えから、〈漢点字〉を考案し、通信教育で普及を図られた。私たちはそのお陰で、漢字の世界を知ることができたのである。文字を読まなければ分からないことがある。読んで初めて分かることがある。これを実現したのが〈漢点字〉であった。
 こういう事実はこれまでにも繰り返し述べて来たが、視覚障害者の多くとその周辺の晴眼者は、このような議論には耳を傾けようとしない。触読文字と漢字体系の話をし始めると、彼らは口をつぐんで時の過ぎるのを待つ姿勢になる。
 この度本会では、『常用字解』(白川静著、平凡社)の漢点字訳を完成した。このことは、〈漢点字〉が無限の可能性を秘めていることを証明したものと、胸を張ってよいと考える。
 有意の皆様のご理解とご支援を賜り、多くの視覚障害者が触読文字を通して、漢字の世界に歩を進める時の来ることを願って止まない。

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