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              漢点字の散歩 (10)

                                       
岡田健嗣

                    
 今回から〈点字〉の構成を今一歩踏み込んで考えます。〈点字〉をご存じない皆様も、点字をパターン
としてお受け止めいただければ充分です。点字で何が書かれているかを読み取る必要はありません。



 5. 英語点字(1)
    端書き
 二〇〇〇年の五月に、即席に組まれた「盲教育に漢点字を導入する会」という団体が、これも前年に急遽実施した署名運動の結果を持って、文部省(現・文部科学省)を訪れて、「視覚障害児・者の教育現場で、〈漢点字〉を取り上げて、視覚障害者の識字を図って欲しい」旨の陳情を行った。私も微力ながら、多くの皆様のお力を頼りに、署名の活動に参加した。お陰様で五万人に達しようという署名が集まり、即席の組織の活動とは言え、大いに盛り上がったものである。快く署名に応じて下さった皆様には、この紙面をお借りして、厚く御礼申し上げたい。残念ながらその会は、継続性を持ち得ずに、現在は活動を休止している。呼びかけに応えてご署名下さった皆様には、その意味で、誠に責任を果たせぬままとなっている。関係者の一人として、極めて遺憾なこととお詫び申し上げたい。
 当日文部省をお訪ねしてお会いしたのは、中曽根文部大臣(現・外務大臣)、河村文部政務次官(現・内閣官房長官)である。そして障害者の教育行政の責任者である審議官と課長にお話をお聞きいただく機会を得た。
 具体的にお話しをお聞きいただいたのは、審議官と課長のお二人だった。当方は十名余り、それぞれに盲教育を受けて来た過程と社会経験から、識字教育を受けられなかった情況と、それが社会生活に及ぼす影響を述べた。また視覚障害者にとっての文字が、ルイ・ブライユ以来、触覚に訴える〈点字〉であることと、唯一触読に適する〈点字〉の漢字体系は、川上泰一先生の創案された〈漢点字〉であることをご紹介し、我が国の視覚障害者の識字教育には、この〈漢点字〉が欠かせないものであることをお話した。
 当方の請願に対する文部行政からのお答えは、以下の二点であった。
 @現在盲教育の現場では、依然と異なって、漢字教育を行っていないわけではない。それぞれの現場で、先生方が知恵を絞って試みている最中である。
 A漢字教育も大事だが、子どもたちには、教育課程で身につけなければいけないことが沢山ある。漢字教育ばかりに力を注いではいられない。
 そこでこの二つの点を掘り下げて見た。当方の質問をQ、文部省のお答えをAとして詳述する。
 Q:現在盲学校で行われている漢字教育の概要はどんなものか?
 A:現場では、点字プリンターやレーズライターその他を使って、漢字の浮き出し文字を作って、漢字の形と音訓を教えているようだ。
 Q:点字で漢字を教えようという試みはあるか?
 A:かつて筑波大付属盲学校の長谷川貞夫先生が試みたが、子どもたちには過重であることが分かったとして、(二〇〇〇年)現在、教科としては教えていない。
 Q:〈漢点字〉を教えているところはないか?
 A:教科で取り上げることはないようだ。課外で教えているかもしれないが、把握していない。
 Q:〈点字〉をどう評価しているか?
 A:視覚障害者の文字としては、〈点字〉が最も適した文字であることは間違いない。従って盲学校では、基本的に〈点字〉を使って教育している。
 Q:現在行われている〈点字〉の教育は、従来の「カナ点字」だと思うが?
 A:そのとおりである。
 Q:〈点字〉を使っての教育は、「カナ点字」の教育だけで充分と考えておられるのか?
 A:もちろんそうではない。従って漢字の教育も試みている。
 Q:〈点字〉での漢字の教育は、行っておられない?
 A:長谷川先生が「無理」と判断された経緯がある。
 Q:長谷川先生は、ご自身の提唱されている「六点漢字」をお使いになったのであって、〈漢点字〉を試みたのではないのではないか?
 A:どちらも似たようなものではないのか?長谷川先生が「無理」と言われるのだから、〈漢点字〉も「無理」と判断されると思う。
 Q:長谷川先生のご判断を是とされるのか?
 A:……
 Q:他の教科も大事なので、〈漢点字〉を教える余裕がないと言われたが、国語教育より大事な教科があるのか?
 A:たとえば英語の勉強では、「略字」を学ばなければならない。これは点字で学習する生徒だけに課せられた勉強で、普通校の生徒はしなくてよいものである。これは生徒にとって大変な負担と言えないだろうか。
 このようなやり取りの後お二人は、@子どもたちの学習負担はこれ以上増やせない。A〈漢点字〉と「六点漢字」という、点字の漢字の二つの体系が並立していては、行政としては何もできない。当事者がよく話し合う必要があるのではないか?と結論付けられた。
 ここで私は誠に不謹慎ではあったが、つい吹き出してしまった。というのは、「英語点字の略字を学ぶのは学習負担になる」などということを聞いたのは、初めてだったからである。「略字を学んで英語が分かり易くなった」というなら実に分かり易いのだが、……。
 もう一つ、当方は一度として「点字の漢字体系には二通りある」などと言ったことはない。長谷川氏がそのように言って、現在そのように流布されているだけである。この件はこれまでにも繰り返し述べて来たことだが、さらに項を改めて幾度も繰り返し述べる必要がある。
 今回は英語点字の「略字」が、如何に英語の習得に力を与えているかを考えて見る。

    アルファベット
 冒頭に掲げたのは、お馴染みのルイ・ブライユの点字一覧である。これまではアルファベットだけ示したが、今回は句読符号と一マスの略字をも示した。
 アルファベットが二六文字であることは自明であるが、どのような経緯で二六文字に定まったか、誠に不勉強な私には詳らかにしない。しかしこの二六文字を以て表されるのは、どうやら英語だけのように見える。フランス語やドイツ語の表記には、変音記号やアクセント記号が付加されるし、さらにドイツ語にはszを一文字で表す文字が使用される。ギリシア語のアルファベットはα(アルファ)からω(オメガ)まで二四文字、ロシア語は、キリル文字を基にして作られたロシア文字三三文字で表されるという。こうして見ると、アルファベットを二六文字と規定しているのは英語だと言ってもよいように思われて来る。しかも「英語点字」から〈点字〉のアルファベットを考えるとき、さらにその感を強くした。
 例によって『広辞苑』で幾つか調べて見た。

 《アルファベット【ALPHABET】/ ある言語を書くのに用いる、一定の順序に並べられた文字の総体。ABCD…など。普通には現在のローマ字をいう。もと、ギリシア文字の初めの二字α(アルファ)とβ(ベータ)とを合せて呼んだことに基づく。》(『広辞苑』第四版・電子ブック版、岩波書店)

 この概念を敷衍すれば、日本語の音を表すカナ文字を規則的に並べたもの、五十音やいろはを「アルファベット」と呼ぶこともできそうに思える。

 《【字母】/ 仮名・梵字・ローマ字など、音を表記する母体となる字。》(同右)(以下同)

 「字母」は、音を表す文字の総称である。この「字母」にも「音素」と「音節」の二種ある。

 《【音素】/ 〔言〕(phoneme) ある一つの言語で用いる音を弁別機能の見地から分析・規定した最小単位。分節音素(子音・母音)と、かぶせ(韻律)音素(アクセントなど)に分ける。フランス言語学では、前者を扱う部門を音素論(phonematique)、後者を扱う部門を韻律論(prosodie)とする。アメリカ構造言語学では、両者を一括して音素論(phonemics)で扱う。》

 「音素」とは、音韻と韻律にまたがる概念とある。しかし一般的には、「分節音素」と呼ばれる音の最小単位「子音」と「母音」と解してよいようだ。すなわち「音素」とは、「子音」と「母音」のことである。

 《【子音】/ 〔言〕(consonant) 単音の分類の一。口腔または喉頭に閉鎖または狭窄が形成されて生ずる音。声帯の振動を伴うものを有声子音、伴わないものを無声子音という。》
 《【母音】/ 〔言〕(vowel) 単音の分類の一。声帯の振動による声を伴う呼気が口腔で通路を妨げられず、したがって噪音(そうおん)をほとんど伴わずに発せられる音。口の開き、舌の位置などの相違によって音色の相違を生ずる。現代日本語ではア・イ・ウ・エ・オの五つ。》

 分かりきっているようなことでも、説明すればこんな風になるという例である。実にややこしい。
 そして、

 《【音素文字】/ 一字で一音素を表す表音文字。ローマ字や朝鮮語のハングルなど。》

 アルファベットは、子音と母音をそれぞれに表す「音素文字」なのである。

 《【音節】/ 〔言〕(syllable) 語の構成要素としての音の単位で、一つのまとまった音の感じを与えるもの。ふつう、核となる母音の前後に子音が添って、開口度が小→大→小と移行する。》

 ますます分かり難い。砕いて言えば、「一音節とは、一つの母音を含む子音と母音の集まり」。子音は幾つあってもかまわない。母音が一つあれば一音節、二つあれば二音節と数える音の単位、と解する。これは「音素」に対抗する概念とも言える。

 《【音節文字】/ 一字で一音節を表す表音文字。わが国の仮名文字など。》

 以上、「音素」と「音節」と、それを表す文字について抽出した。
 ここでは追わないが、「音節」にはさらに二つの概念が続く。

 《【開音節】/ 〔言〕(open syllable) 母音または二重母音で終る音節。》
 《【閉音節】/ 〔言〕(closed syllable) 子音で終る音節。》

 この二つの概念は、音声言語を考えるとき、極めて重要な位置を占めるはずだ。だがさし当たりここに残しておく。

 以上『広辞苑』を引きながらくだくだと述べて来たが、私たちが中学から英語を学んで来た中で形成されて来たアルファベットの概念が、「英語点字」の理解を通して、別の姿を見せて来そうだ、ということを、予め申し述べておきたかったのである。

    英語点字と拡張アルファベット
 〈点字〉は一八二五年、ルイ・ブライユが創出した「触読文字」である。しかし彼の存命中には世に認められなかった。
 当初の〈点字〉は、アルファベットをそのまま点字符号に置き換えたものだった。それでもそれまでの墨字のアルファベットを浮き出させたものに比べれば、遥かに読み易いものであった。
 彼の没後、彼を慕う人たちが立ち上がって、欧州各国に〈点字〉を伝えることに努めた。その結果として〈点字〉が、アルファベットを表す符号であることが広まって、欧州各国語がそのまま表記できることが知れ渡った。
 しかし人の欲は次のステップを求めた。「もっと読み易い〈点字〉が欲しい」。
 確かに〈点字〉は、触読に適した文字である。が何かが足りない。「そうだ、朗読ができない」。欧州の文学の習慣には、「朗読」が欠かせない。「朗読のできる〈点字〉が欲しい」。
 ブライユの〈点字〉はアルファベットである。触読しながら音声にすると、ひどく間延びしたものになってしまうのであった。どうすれば「朗読」できるか、単に練習だけでは果たせないことが分かって来た。
 そこで人々は、研究し工夫を加えた。
 英語について見てみたい。

 アルファベットは音素(子音と母音)を表す二六文字の一並びである。その中にはa・e・i・o・uという五つの母音と、二一個の子音が含まれる。

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