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       21世紀東アジアを中心とした漢字文化

                      横浜国立大学   村田 忠禧


 以下は、「井草地域集会施設運営協議会」のホームページに掲載された講演概要です。

井草地域集会施設運営協議会主催
 講演「21世紀東アジアを中心とした漢字文化」
 講師:横浜国立大学教育人間科学部教授 村田忠禧氏

 平成19年3月25日、井草地域区民センターにおいて、井草地域集会施設運営協議会の主催する講演会「21世紀東アジアを中心とした漢字文化」が、横浜国立大学教育人間科学部教授・村田忠禧氏を講師にお迎えして開催されました。
 今回の講演会では、中国伝来の文字であって、わが国の文化の礎である漢字について、21世紀東アジアを中心とした漢字文化という視点から、多くの実例を提示しながらお話しいただき、当日会場にお集まりになった大勢の地域住民の皆さんは、熱心に耳を傾けていました。

◇当日の村田先生のお話の大要をご紹介します。

1 漢字を巡る新しい動き
 @2000年1月、いわゆる第3水準、第4水準漢字が制定されたが、これらは現在の大半のPCでは扱うことができない。
 A2000年12月、国語審議会は表外漢字字体表を作成した。常用漢字表の外にある漢字の字体を示したものである。漢字によっては「印刷標準字体」と「簡易慣用字体」の2種類を示しているが、それらの定義の根拠は必ずしも明確でなく、混乱を招いている。
 B2004年9月、法務省が人名用漢字488字の追加を行ったが、追加された漢字には人名用とは思えないものも含まれており、常用漢字の実質的拡大という側面がある。
 C2007年1月、朝日新聞が「朝日字体」を廃止した。
 これは前述の「表外漢字字体表」に従った結果であり、表外漢字のうちのいわゆる「朝日字体」を「康煕字典体」に改めた(約900字がその対象)。
 D2007年2月、漢字JIS2004に対応した日本語フォントを搭載したWindows Vistaの販売が開始された。
 これにより、このOSを用いる限り、JIS第3水準漢字を扱えるようになる。おそらく今後また字体をめぐる論議が巻き起こるのではないか。
E日本における漢字の簡略化は常用漢字までとされ、常用漢字外のものは康煕字典体に則ることが定着化する傾向にある。実際には漢字は体系的なものであり、常用か常用外かで区別することは混乱を招くだけである。

2 グローバル化の進展と漢字
@1978年にいわゆるJIS漢字コードが制定されたが、JISの対象外とされた中国の人名や地名が日本の新聞に日常的に登場していた。たとえば「とう(登+おおざと)小平」の「とう」という字。固有名詞は翻訳不可能なので、たとえ日本語では使われなくとも表現可能とする必要がある。同様なことは中国語の漢字コードにおいても言える。
たとえば「辻」、「畑」、「畠」、「堺」、「梶」などは日本語漢字(和字)であり、本来の中国語には存在しない。

A中国との往来が頻繁になり、コンピュータの能力が向上したため、日本の漢字として存在するにも関わらず、簡体字(1960年代に中華人民共和国で制定された簡略化された漢字)で表記する・させる傾向が生まれ、それが逆に日本の漢字表記に混乱を招いている。

3 日本と中国の漢字使用状況
@日本語の漢字の使用状況を調査してみると、教育用漢字(1006字)で88%、第1水準漢字のうちの2951字で99%以上をカバーしうる。
A中国語においても出現頻度の高い上位1500字で95%、第1水準漢字(3775字)で99%以上をカバーしうる。
B漢字は何万字もある、というのは歴史上存在したものをすべて集めた場合のことであって、現代人の漢字の使用状況でみれば中国語でも6〜7000字、日本語でも4000字程度でほとんどカバーしうる。これは人間の頭脳の処理能力と関係があると思われる。
C日本語の漢字音は一つの漢字でも音・訓があり、音にも呉音、漢音、唐宋音があったりしてとても複雑である。中国語の漢字の発音は原則として一漢字一音である。漢字学習の困難度からみると、日本と中国との間に大差はないと考えられる。

4 漢点字の有用性
 一般の点字は、日本でも中国でも、発音のみを表現する。言語は音声を介して伝達されるが、抽象的な語彙の表現には文字(漢字)が必要である。
 日本には川上泰一先生(故人)の発明した、漢字を表現することのできる八点式の「漢点字」がある。これはかな点字(六点式)と共存可能で、しかも漢字の特徴を巧みに取り入れた独創的な点字表記体系である。
 川上先生が漢点字を発明したその発想を正しく理解すれば、中国語でも漢字を表現する点字を創出することは、十分に可能である。
 もし、漢字を表現できる中国語の点字体系ができれば、香港でも、台北でも、上海でも、北京でも、発音に関係なく、通じ合える。

5 21世紀における漢字文化のあり方
@漢字の問題を「国語」の世界に閉じこめてはならない。
 漢字は、漢語(中国語)だけでなく、日本語、朝鮮語など、東アジアで文字として採用されている。漢字の問題をそれぞれの「国語」の世界に閉じこめ、「国語」の問題として論ずるのは不十分である。
A漢字の互換性を確保することが大切である。
 言語によって漢字の用法、発音、表記などは必ずしも一致しない。大切なことは互換性の確保であり、その観点から東アジアの漢字使用状況を調査・分析する必要がある。
B形にこだわりすぎてはいけない。
 文字はそれぞれ字形を持つ。異体字や誤字は排除し、標準字形を明確にする必要がある。
 字形は、本来、体系的であるからこそ、覚えやすく、使いやすい。
 言語によって字形が異なるのは当面はやむを得ないが、不必要な差異はなくしていくほうがよい。
C東アジアの漢字文化についての共同研究が必要である。
 漢字を文字として使用している東アジアの各国言語は、漢字の問題を共同して調査・研究し、漢字文化の現代社会での役割、とりわけ、高度情報化社会におけるその積極的活用について解明していく必要がある。
 そのためには、正確に現実を把握する、より大規模で、広範な分野に及んだ実態調査が必要である。
D形にとらわれない思考が大切である。
 日本における漢字論議の大半は、形にとらわれすぎていて、生産的でない。
 中国でも日本でも、漢字の問題を「国語」の問題としてしか見ていない。
 日本で発明された漢点字は、漢字の特色をよくとらえている。形にとらわれないことで共通点を見つけ出す必要があり、漢点字の考えを東アジアに普及することがまず大切ではなかろうか。
 その過程で、共通するものが見えてくるであろう。


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